水戸光囲寄進といわれる古松、老杉の参道を抜け、仁王門をくぐると、小道が広がり四季折々の花木が迎えてくれます。 特に紫陽花は有名で。別名「あじさい寺」とも呼ばれ参拝者に親しまれている。本土寺の領地は、元源氏の名門平賀家の屋敷跡 と伝えられ、建寺3年(1277)日蓮上人の弟子日朗を導師として招き、領内の地蔵堂を移して法華堂とした。日蓮上人より、 「長谷山本土寺」 と寺号を授かったのが始まり。(他に池上長栄山本門寺、鎌倉比企ヶ谷の長興山妙本寺がある。)
中世城郭として東葛飾市域最大の規模(約49ha)を誇った高城氏の居城です。 天文6年(1537)に完成し、人々から開花城ともいわれましたが、豊臣秀吉の関東攻めにより、天正18年(1590)落城。 平成9年4月6日、自然と歴史にふれあう公園として整備された。
小金城主・高城氏は九州千葉氏が祖であり千葉胤員(たねかず)の支族として肥前から出た高城氏をいう。 寛正元年(1400)に至って市内栗ケ沢に定着、勢力増大によって根木内城を築城、文明3年(1471)に本土寺に 安堵状を下し、天文6年(1537)大谷口に小金城を築いた。天正18年(1590)5月浅野長吉の手兵によって 落城するまで胤吉・胤辰・胤即の3代が続く。
【一部引用:小金地区散策マップ、本土寺他拝観案内、ウィキペディア他】