府中市立府中第五小学校は、明治6(1873)年関学の育幼学舎に起源を持つ、約150年の歴史のある学校です。 クスノキは、大正元(1912)年に当時の奇秀学校が校舎を新築したおりにシンボルとして幹径10センチほどで植えられた苗が 育ったものです。 (樹齢は約I10年、府中の名木100選)
市川は別名「下の川」ともいう、農業用水路です。国立市内で多摩川から取水され、国立市内の谷保や府中市内 の西府町では湧き水も集めて流れます。古い写真を見ると。豊富な水量がありますが、現在は農業用水の需要も少なく、 浅く緩やかな流れとなっています。緑道として整備されている部分では、更に浅い浸水路となっています。 市川は府中屋線(ハケ)に沿って流れています。ハケの深い緑からは、絶えず野鳥の鳴き声が聞こえてきます。 ハケは傾斜がきつく、また、緑地保護のため立ち入りが禁じられています。
昌泰4年右大臣菅原道真公筑紫太宰府に左降の折、第3子道武公は武蔵国多摩郡分倍床栗原郷 (現国立市谷保)に配流せられた。延喜3年父君寡去の報に、道武公は思慕の情から父君の尊容を刻み鎮座したのが 起こりである。天暦元年京都北野天満宮像造営のおり、当社の威霊を奉上され村上天皇の勅により神殿を造営され 官社に列せられる。建治3年後宇多天皇の勅により藤原経朝書「天満宮」の扁額を納められる。 その後、道武公の裔孫津戸三郎為守は源頼朝に使え数々の武功を立てるが、養和元年11月3日旧来の地 (現国立府中インター付近)より神殿を現在の地に遷し、太宰府に摸して梅香山安楽寺を興し、社務六院を置き 純典を司った。明治18年には府社に昇格し東日本における天満宮としては最も古く、湯島天神、亀戸天神とならび関東三天神と称される。
14世紀以降の居館跡で、周囲の緑地は東京都の歴史環境保全地域に指定されています。自然がそのまま残って いる公園でもあり、森林浴や野鳥観察スポットとしても知られています。自然の中に遊歩道が整備されており、歩くだけでも 癒されます。また、水辺もあり、初夏にはザリガニを釣る子供たちの姿も見られます。園内には農業体験を行っている 「城山さとのいえ」や隣接して古民家(旧柳澤家住宅)もあり、国立の自然と歴史を感じられるスポットになっています。 子供と一緒に田舎に出かけた気分になれる公園です。
【一部引用:国立市ホームページ、ウィキペディア他】